源氏物語 第十九帖 薄雲より 明石の御方、母子の雪の別れ 其の一
旧暦の師走。厚い雲に覆われ雪が降り積もった翌日、嵯峨の大堰の山荘を光源氏が訪れます。会えて嬉しいはずの人が嬉しくありません。明石の御方は我が身の身分の低さゆえ、姫の将来を考え、我が子を手放すことを決意します。
【本文】
姫君は 何心もなく御車に乗らむことを急ぎたまふ……片言の声はいとうつくしうて 袖をとらへて「乗りたまへ」と引くもいみじうおぼえて
末遠き 二葉の松に 引き別れ
いつか木高き かげを見るべき
えも言ひやらず いみじう泣けば「さりや あな苦し」と思して
生ひそめし 根も深ければ 武隈の
松に小松の 千代をならべむ のどかにを
と 慰めたまふ さることとは思ひ静むれど えなむ堪へざりける 乳母の少将とて あてやかなる人ばかり 御佩刀 天児やうの物取りて乗る
【意訳】
姫君は何もお解りにならないので、お車に乗ることをお急ぎになります。……片言の声はとてもかわいらしくて、袖をつかまえて、「お母様もお乗りなさい」と引っ張るのが、明石の君にはたまらなく悲しくて、いま、幼い姫君にお別れして、いつになったら立派に成長したお姿を、見ることができるのでしょう………。
最後まで詠み切れず、ひどくお泣きになりますので光源氏は、「ああ、本当においたわしや」とお思いになられ
姫は生い立ちの縁が深いのだから、やがては武隈の夫婦松のように小松の成長を見守るようにいたしましょう。まずは落ち着いて。
と、お慰めなさいます。明石の君はそれもそうかと心を静めてみますが、やはり耐えられません。乳母の少将という、品のよさそうな女房だけが、御佩刀(みはかし)、天児(あまがつ)などを揃え、車に乗ります。
〈其の二〉
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