源氏物語 第三十七帖 横笛より 夕霧、一条の宮を訪問する
秋の夕暮、夕霧は、落葉の君がどのようにお過ごしかと心配して、一条の宮邸を訪問なされます。皆くつろいでお琴などを弾いていらっしゃったところが、急な来訪に慌てて庇の間へご案内し、御息所が出て夕霧の話し相手をなさいます。
夕霧は、柏木遺愛の和琴を弾き、落葉の宮にも弾くよう勧めますが、お引き受けなさいません。落葉の君がいたずらに箏の琴を爪弾いていらっしゃるので、夕霧は琵琶を取り寄せ、想夫恋をお弾きなさいます。落葉の宮は、終わりの方を少しだけ箏の琴で合わせます。夕霧が落葉の君への思いをほのめかして、おいとましようとすると、御息所は夕霧に贈り物に添えて柏木遺愛の笛を贈ります。
【本文】
見たまふに これもげに世とともに身に添へてもてあそびつつ みづからもさらにこれが音の限りはえ吹きとほさず 思はむ人にいかで伝へてしがなと をりをり聞こえごちたまひしを思ひ出でたまふに 今すこしあはれ多く添ひて 試みに吹き鳴らす 盤渉調の半らばかり吹きさして 昔を偲ぶ独り言は さても罪許されはべりけり これはまばゆくなむ とて 出でたまふに
露しげき むぐらの宿に いにしへの 秋に変はらぬ 虫の声かな
と 聞こえ出だしたまへり
横笛の 調べはことに 変はらぬを むなしくなりし音こそ尽きせね
出でがてにやすらひたまふに 夜もいたく更けにけり
【意訳】
笛をご覧になります。これも柏木が生涯肌身離さず愛玩していて、自分にもこの笛の本当の音は出すことが出来ない、誰か吹きこなせる人に伝えたいと、折々にこぼしておられたのを思い出しなさると、いちだんと哀れさが増して、試しに吹き鳴らしてみます。盤渉調の調べを半分ほどで吹き止めて、「昔を偲んだ独り言は、和琴はなんとか下手を許される出来栄えでしょうが、これはまったく気に入らない出来でしょう」とおっしゃって、お出ましになりますと、御息所が
「涙(露)であふれた雑草が生い茂った家に、昔の秋と変わらない笛の音(虫の声)を聴くことができました」
と、几帳の内より申し上げます。
「横笛の調べは特には変わらないが、悲しむ泣き声は尽きません」
夕霧が帰るのをためらっているうちに、夜もたいそう更けて来ました。
この笛は後に柏木の不義の子、薫へ受け継がれてゆく。衣装は本文では触れていないが、この季節なので、几帳越しの一条の御息所にはススキ襲の小袿、御簾の内の落葉の君にはハゼ紅葉襲の小袿を想定した。ハゼ紅葉は落ち葉に掛けたつもりです。
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