源氏物語 第五十帖 東屋より 薫、三条の小屋にて 其の一
中将の君は、婚約を破棄された娘の浮舟を不憫に思い、二条院の中の君に預けることにしました。しかし、そこで匂宮の目に留まってしまいます。そのことを知って安心出来なくなった中将の君は浮舟を三条の隠れ家へと移しました。
【本文】
雨やや降りくれば、空はいと暗し 宿直人のあやしき声したる 夜行うちして 家の辰巳の隅の崩れ いと危ふし この人の御車入るべくは引き入れて御門鎖してよ かかる人の御供人こそ 心はうたてあれ など言ひあへるも むくむくしく聞きならはぬ心地したまふ 佐野のわたりに家もあらなくに など口ずさびて 里びたる簀子の端つ方にゐたまへり
さしとむる 葎や繁き 東屋の あまりほどふる 雨そそきかな
とうち払ひたまへる追風 いとかたはなるまで 東国の里人も驚きぬべし
【意訳】
雨が次第に降って来ましたので、空はたいそう暗くなりました。宿直人で変な声をした者が、夜回りをして、「屋敷の東南の隅の崩れが、とても無用心だ。こちらの客人の御車は入れるなら引き入れてご門を閉められよ。この客人のお供の物は、気がきかない」などと言い合っているのも、薄気味悪く聞き馴れない心地がいたします。「佐野のわたりに家もあらなくに」なとど口ずさんで、簡素な簀子の端の方に座っていらっしゃいます。
戸口を閉ざしているのは、葎(むぐら)が繁っているのせいなのか。東屋に、落ちる雨だれの下で、あまりにも長く待たされることよ。
と、雫をお払いになりますと、薫の香りが風にのって、周囲に芳しく漂い、東国の田舎人も驚いたに違いない。
この後薫は隠れ家の南の廂の間に招き入れられ、浮舟と夜明けまで過ごします。
〈其の二〉
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