源氏物語 第三十一帖 真木柱より 姫君、柱の割れ目に歌を残す 其の一
まず最初に、何から見て頂こうか色々考えた。少し前、2020年頃の作品。内容は悲しい話だが、文学でも演劇でも王道は悲劇だと思っている。他の女性にうつつを抜かして家に戻らない父親を、これが最後と待つ娘を描いた。
髭黒の大将が玉鬘を迎えたために、北の方とはいざこざが絶えなくなります。そのことは北の方の父の式部卿宮の耳にも入り、立腹して北の方と姫君を引き取りに髭黒の屋敷に息子たちを向かわせました。
【本文】
日も暮れ 雪降りぬべき空のけしきも 心細う見ゆる夕べなり いたう荒れはべりなむ 早う と 御迎への君達そそのかしきこえて 御目おし拭ひつつ眺めおはす 姫君は殿いとかなしうしたてまつりたまふならひに 見たてまつらではいかでかあらむ 今なども聞こえで また会ひ見ぬやうもこそあれ と思ほすにうつぶし伏してえ渡るまじと思ほしたるを かく思したるなむ いと心憂き などこしらへきこえたまふ ただ今も 渡りたまはなむ と待ちきこえたまへど かく暮れなむに まさに動きたまひなむや 常に寄りゐたまふ東面の柱を人に譲る心地したまふもあはれにて 姫君 檜皮色の紙の重ねただいささかに書きて 柱の干割れたるはさまに笄の先して押し入れたまふ
今はとて 宿かれぬとも 馴れ来つる 真木の柱は われを忘るな
えも書きやらで泣きたまふ
【意訳】
日も暮れて、雪が降って来そうな空の景色も、心細く見える夕方でした。「ひどく荒れて来そうですよ。お早く」と、お迎えの公達はご催促申し上げるが、お目を拭いながら虚ろでいらっしゃいます。姫君はたいそう父君に可愛いがられていたので、お目にかからないではどうして立ち去れようか。二度と会えないことになるかもしれないとお思いになりますと、「このまま去ることは出来ない」とうつ伏せになったままお考えでいるのを「そのような思いでいらっしゃるとは、とても情けない」などとおなだめなさります。今すぐにも、お父様がお帰りになるのではとお待ち申し上げなされますが、このように日が暮れてきましては、とてもお戻りにはなりません。
姫君は、いつも寄りかかっていらっしゃる東面の柱を知らぬ人に取られてしまうのも悲しくて、檜皮色の紙を重ねたのにほんのすこししたためて、干割れた柱の隙間に笄の先でお差し込みなされます。
「今はもう、この家を離れて行きますが、馴れ親しんできた真木の柱は、わたしを忘れないで」
最後まで書き終わることができずにお泣きになります。
←〈其の二〉
コメント
コメントを投稿