源氏物語 第四十五帖 橋姫より 薫、姉妹を垣間見る 其の一
2005年頃の製作。源氏絵を描いた最初の頃の作品。画題は宇治十帖から一帖一場面を選んで、とにかく描いて見ようと思って描いた。稚拙なものだが、自分の反省を含め紹介したい。
宇治十帖を選んだのにはそれなりの理由があった。源氏絵を描く場合ある程度の古典の素養と有職故実の知識が無いとひどい目にあう。姫君一人登場すれば本文に何も書いてなくても、地位と年令に見合った装束が必要になる。また、季節や状況、さらに姫君の性格によっても様々に変わってくる。その情景をパズルを解くように組み立てて描いてゆくのは楽しい作業になると思うが、これを描き始めた頃にそんな知識も余裕も無かった。装束に夏冬の区別があるくらいの知識しか無い。そこで古典絵画をお手本にしようと思いつく。源氏物語を辞書いらずで読んでいた時代、日常生活で装束を着用していた時代の絵画なら考証などいらない、そのまま参考になるはずだ。
有名な隆能源氏(国宝源氏物語絵巻)は平安末期に制作された。紫式部が源氏物語を描いてから約百年後になるが、源氏物語を扱った最古の絵と写本になる。まだ装束が日常だったはずだ。幸いにも隆能源氏には宇治十帖が何点か残されている。十分参考になると、あまり迷うことなく宇治十帖の制作に取り掛かった。
秋の末、八の宮は四季ごとの念仏を行うので、阿闍梨の住むお堂で七日間のお勤めの為に宇治の山荘を留守にします。それを知らない薫は八の宮に会うため、久しぶりに宇治を訪ねました。山荘に近づくと美しい琵琶と箏の音が聞こえて来ます。しばらく隠れて聞いていましたが、宿直人が出て来て、八の宮の不在を告げます。薫は琵琶と箏の調べが気になり、宿直人に音がよく聴けるところに案内を願います。
【本文】
あなたに通ふべかめる透垣の戸を すこし押し開けて見たまへば 月をかしきほどに霧りわたれるを眺めて 簾を短く巻き上げて人びとゐたり・・・内なる人一人 柱に少しゐ隠れて琵琶を前に置きて 撥を手まさぐりにしつつゐたるに 雲隠れたりつる月の にはかにいと明くさし出でたれば 扇ならで これしても 月は招きつべかりけり とて さしのぞきたる顔 いみじくらうたげに匂ひやかなるべし 添ひ臥したる人は 琴の上に傾きかかりて 入る日を返す撥こそありけれ さま異にも思ひ及びたまふ御心かな とて うち笑ひたるけはひ 今少し重りかによしづきたり
【意訳】
姉妹の部屋に通じているらしい透垣の戸を、薫が少し押し開けて御覧になりますと、月に風情よく霧がかかっているのを眺めながら、簾を短く巻き上げて、女房たちが座っていました。・・・内側にいる人が、ひとり柱に少し隠れ琵琶を前に置いて、撥をもてあそびながらいると、雲に隠れていた月が、ぱあっと大変明るく差してきたので、「扇でなくても、これで月を招き寄せることができるのね」と、少しのぞいた顔が、たいへん可愛らしくツヤツヤしていました。添い臥した方の人は箏の上に身を傾け「入る日を返す撥という話はあるが、変わった思いつきをなさるお心ですこと」と言って、にっこり笑っている様子は、今少し落ち着いた感じがしました。
〈其の二〉
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